| [ トップ ] | [ 戻る ] |
| ○表題名称 |
|
| 山王日枝神社 | |
| ○提示資料名 |
|
| 日枝神社案内板 | |
| ○説明 | |
| 御祭神、由緒等の説明がなされています。
座す。亦葛野の松尾に坐し鳴錨を用うる神也」とある。大山咋神は 山・水□を司り、大地を支配し万物の成長発展・産業万般の生成化育 を守護し給う広大な御神徳は、山王の尊称に即して、比類のない 人類の生命を司り給うこと如実である。 御由緒 江戸山王の始元は□に鎌倉中期に遡るが、古記社伝によれば、 分明十年(一四七八年)太田道灌公が江戸の地を稲して築城するに あたり守護神として川越の山王社から勧請した。やがて徳川家康公 江戸入城に際し荒漢たる武蔵野開拓の要衝の地として、此の城祠 に国歌鎮護の基を定めた。歴代の将軍世嗣子女および諸大名の参詣 が絶えず、やがて万治二年(一六五九年)将軍家綱は、天下泰平、 万民和楽の都を守護する祈願所を建立し奉る大志をいだき、現在地 に結構善美を尽した権現造り社殿を造営した。明治元年東京□都に あたり勅使奉幣の上、勅祭神社に准ぜられ、明治十五年官幣中社に 更に大正四年官幣大社に到せられた。 大戦後のご復興のあらまし 万治二年の造営の社殿は、江戸初期の権現造りの代表的建物として 国宝に指定されていたが、昭和二十年五月に戦禍に遭い焼失した。 戦後の神社神道は、大変革を余儀なくされ、混沌たる社会情勢の 中で、復興事業は困難を極めたが、氏子崇敬者の赤誠奉仕により 「昭和御造営」の画期的な大業が企画された。昭和三十年六月 本殿座祭□行、引続き神門、廻廊、参集殿等が逐次完成、更に 末社改築、摂社の大修築、神庫校倉の改造等を相次いで竣工し、 全部をあげて之を慶□し、昭和四十二年六月奉祝祭が先ず□行され この間、昭和三十三年六月現社地御鎮座三百年祭が執行された。 昭和五十二年七月江戸城内御鎮座五百年奉賛会が結成され、五百年 を祝する式年大祭を□修し、昔をしのぶ天下祭にふさわしい山王 神幸祭の復元、尚記念事業として、「日枝神社史」の刊行、「宝物 収蔵庫」の建築、本殿以下社殿の修繕、境内整備等が計画されて 着々実施され、昭和五十三年六月十五日の吉展を卜し五百年大祭が 厳粛に行われ、更に昭和五十四年六月十三日、宝物収蔵庫の建設 という有終の功竣つて、日枝神社御鎮座五百年奉賛会事業達成 感謝奉告祭を極めて意義深く執行し、朝野多数の御参列を 賜りました。 |
|
|
○提示資料 |
|
| [ トップ ] | [ 戻る ] |
許可なく内容の一部または全部を改竄し、無断使用することは固く禁じます。
印刷物への無断転載・借用についても固く禁じます。
Copyright(C) 2003 Gifu Women's University Museum. All rights reserved.